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第二回 京都と和菓子

京都には、様々な老舗の和菓子屋がある。和菓子もまた京都を中心に発達してきた。


「和菓子」と一言に言えども、その種類は様々である。和菓子の歴史を見ると、日本の伝統の中で外来の影響を受けながら現在に至っていることが分かる。

奈良時代には仏教と共に大陸から唐菓子と呼ばれる菓子が伝えられた。穀物を加工しているこの菓子は大変珍重された。室町時代になると喫茶の習慣が浸透する。この頃中国から来日した僧が、羊羹や饅頭の作り方を伝えたとされている。その後も喫茶の発達と供に、和菓子も外来からの技術を取り入れながら日本独自の発展を遂げていく。室町時代末期、ポルトガルから伝えられたカステラ、ボウロ、コンペイトウなどの「南蛮菓子」もその発展に大きく影響している。

江戸時代になると、徳川3代将軍家光から5代将軍綱吉の頃までに、中島浄雲、桔梗屋、紅屋、志津摩屋などの京都の名菓子司が江戸に下り、京菓子の全盛時代となった。また、京都を中心とした菓子と、江戸を中心とした菓子が競い合い、和菓子の製造技術は大きく発展した。そして和菓子は磨きをかけ、現代のものとほとんど変わらないほど精巧なものとなった。

お茶と供に歩んできた京都

また、和菓子には「上菓子」と呼ばれるものがある。これらには高級感に加え、独特の繊細さがある。上菓子は、茶人や貴人を相手に発達した菓子で、茶席で用いられることを考えて創られたものである。目で見て美しく、食べて美味しい和菓子であるが、その他の感覚をも刺激する要素が多く含まれている。季節を感じさせる仄かな香りと、口に入れたときの歯触りと舌触り。そして茶席において問われる「菓子の銘」という耳から入る音である。この銘によって感じられる季節感が、より一層菓子を味わい深いものにしている。

職人たちは、代々伝わる技術で一つづつ丁寧に作りあげてゆく。その職人の技を五感を研ぎ澄ませて頂くと、より一層和菓子の真髄に触れることができるのではないだろうか。

 

参考文献
「京都らしいものの現在」 出版:株式会社のぞみ 2004年発行






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